【エンタがビタミン♪】堂本剛がシンガーソングライターデビューした経緯明かす。「ジャニーさんの依頼を断った1年後に…」
国内 2013/9/11 19:15 - Techinsight
KinKi Kidsの堂本剛が『笑っていいとも!』の中で、アイドルをしながらシンガーソングライターとして活動を始めたいきさつを語った。彼がジャニー喜多川社長からミュージカルに出ないかと話を持ちかけられて断ったことを明かすと、司会のタモリも「ジャニーさんに直接断ったの?」と驚く。その出来事がきっかけで、彼はシンガーソングライターになったというのだ。
9月11日の『笑っていいとも!』の人気コーナー、テレフォンショッキングに2年ぶりに登場した堂本剛は、まるで古巣に帰ってきたかのようにリラックスしていた。音楽番組でも共演することが多いタモリとは長い付き合いだけに、日頃はあまり語られない裏話も飛び出した。
堂本剛は堂本光一と2人でKinKi Kidsとして活躍するが、2002年5月29日に堂本剛名義でシングル『街/溺愛ロジック』をリリースしてシンガーソングライターとしてソロデビューもしている。
彼はソロデビューする1年ほど前に、ジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長から電話をもらったという。「ジャニーさんから『You、ミュージカルやらない?』と言われたけど、興味が無かったので『やらへん』と断った」そうだ。彼がそう答えてから、数秒間の沈黙があったらしい。「ジャニーさんに直接言ったの?」とタモリも彼の図太さに感心した。
そんなことがあってから1年ほど経って、レコード会社の社長にジャニー社長から「堂本剛にシンガーソングライターとしてやらせたい」と相談があり、ソロデビューの流れとなったのである。
すると今度は、彼が書いた『街』の歌詞が「あまりにも男っぽい」と怒られてしまう。アイドルらしく女の子にモテるような甘いラブソングを期待されたのだ。しかし堂本剛は「ラブソングはいつも歌っているので“魂の歌”を書きたかった」と、当初の『街』の歌詞を押し通した理由を明かす。
その件で“偉い人”から「今日はこの後で怒りますから。でも食事に行きましょう」と連れて行かれた中華料理店で上海ガニを食べさせてもらったのだが、彼は「これから怒られると思うと、全然おいしくなかった」という。そこで2時間かけて「“歌詞”と“髪型”と“柄と柄を着るな”ということをセットで怒られた」のである。
ところが、“偉い人”は怒った後で「今言ったことは全て気にしなくていい」、「1回しか言わない。後は一切言わないから好きにしていい。これは愛情と思って受け取りなさい」と言ってくれたのだ。
さらに後日、「あなたはこういう風なアーティストになればいいと思う」と送られてきたのが、世界的に有名な女性シンガーソングライター“ビョーク”の資料だった。それを見て堂本剛は「僕はここまで行っちゃっていいのかな…」とてんぱったというが、その後の活動の自信にもなったはずだ。
ちなみに“偉い人”はジャニー社長ではない。「ジャニーさんの他にも“偉い人”がいっぱいいるんですよ」と堂本剛は証言している。
彼は自らを「いつも申請ばかりしているアーティスト」と表現したが、逆に考えればやりたいことを事務所に依頼して許可されれば様々なことにチャレンジできる環境にある。9月13日から『堂本剛 2013 平安神宮ライブ』を開催できるのも、彼と事務所の信頼関係があればこそなのだ。
国内 2013/9/11 19:15 - Techinsight
KinKi Kidsの堂本剛が『笑っていいとも!』の中で、アイドルをしながらシンガーソングライターとして活動を始めたいきさつを語った。彼がジャニー喜多川社長からミュージカルに出ないかと話を持ちかけられて断ったことを明かすと、司会のタモリも「ジャニーさんに直接断ったの?」と驚く。その出来事がきっかけで、彼はシンガーソングライターになったというのだ。
9月11日の『笑っていいとも!』の人気コーナー、テレフォンショッキングに2年ぶりに登場した堂本剛は、まるで古巣に帰ってきたかのようにリラックスしていた。音楽番組でも共演することが多いタモリとは長い付き合いだけに、日頃はあまり語られない裏話も飛び出した。
堂本剛は堂本光一と2人でKinKi Kidsとして活躍するが、2002年5月29日に堂本剛名義でシングル『街/溺愛ロジック』をリリースしてシンガーソングライターとしてソロデビューもしている。
彼はソロデビューする1年ほど前に、ジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長から電話をもらったという。「ジャニーさんから『You、ミュージカルやらない?』と言われたけど、興味が無かったので『やらへん』と断った」そうだ。彼がそう答えてから、数秒間の沈黙があったらしい。「ジャニーさんに直接言ったの?」とタモリも彼の図太さに感心した。
そんなことがあってから1年ほど経って、レコード会社の社長にジャニー社長から「堂本剛にシンガーソングライターとしてやらせたい」と相談があり、ソロデビューの流れとなったのである。
すると今度は、彼が書いた『街』の歌詞が「あまりにも男っぽい」と怒られてしまう。アイドルらしく女の子にモテるような甘いラブソングを期待されたのだ。しかし堂本剛は「ラブソングはいつも歌っているので“魂の歌”を書きたかった」と、当初の『街』の歌詞を押し通した理由を明かす。
その件で“偉い人”から「今日はこの後で怒りますから。でも食事に行きましょう」と連れて行かれた中華料理店で上海ガニを食べさせてもらったのだが、彼は「これから怒られると思うと、全然おいしくなかった」という。そこで2時間かけて「“歌詞”と“髪型”と“柄と柄を着るな”ということをセットで怒られた」のである。
ところが、“偉い人”は怒った後で「今言ったことは全て気にしなくていい」、「1回しか言わない。後は一切言わないから好きにしていい。これは愛情と思って受け取りなさい」と言ってくれたのだ。
さらに後日、「あなたはこういう風なアーティストになればいいと思う」と送られてきたのが、世界的に有名な女性シンガーソングライター“ビョーク”の資料だった。それを見て堂本剛は「僕はここまで行っちゃっていいのかな…」とてんぱったというが、その後の活動の自信にもなったはずだ。
ちなみに“偉い人”はジャニー社長ではない。「ジャニーさんの他にも“偉い人”がいっぱいいるんですよ」と堂本剛は証言している。
彼は自らを「いつも申請ばかりしているアーティスト」と表現したが、逆に考えればやりたいことを事務所に依頼して許可されれば様々なことにチャレンジできる環境にある。9月13日から『堂本剛 2013 平安神宮ライブ』を開催できるのも、彼と事務所の信頼関係があればこそなのだ。
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